背景事情
ある日、84歳のOさんが事務所に相談に来られました。ご主人を亡くされ、相続手続きをしたいということでした。しかし、その相続には大きな壁がありました。それは「長男が20年以上前から行方不明である」という現実です。
ご家族は長男の失踪当時、精神的に不安定だったことを覚えておられ、警察への捜索願も出していました。知人、職場、親族など、可能な限りの手を尽くしたものの、手がかりはつかめないまま、時が過ぎていました。
その間、警察から年に一度、状況確認の電話があったそうです。まるで時が止まってしまったかのような20年。その長い年月の中で、Oさんは、心のどこかで「もう戻ってこないのかもしれない」と感じていたそうです。
しかし、現実問題として手続きを進める必要がありました。特にご自宅が道路建設により収用対象となっていたため、名義を整理しないと補償金の支払いも、住み替えもできない状況だったのです。
私はOさんに対して、次の二つの選択肢を説明しました。
- 長男の不在者財産管理人を選任する方法
- 長男について失踪宣告の申立てをする方法
Oさんは慎重に検討された結果、「戸籍上、死亡とみなされるのはつらいけれど、前に進むために失踪宣告を選びます」とおっしゃいました。
当事務所の対応
失踪宣告までの道のり
失踪宣告を行うには、「失踪の事実」を証明する資料が必要です。今回は、警察に提出された捜索届の写しが最も有力な証拠となるため、Oさんの名前で個人情報の開示請求を行いました。しかし、開示までには2か月以上かかりました。
ようやく資料がそろい、家庭裁判所に失踪宣告の申立てを行いましたが、ここからも半年間の「公示催告の公告期間」を含めて、手続き完了までにさらに約9か月。失踪宣告が確定した後、書類を提出し、本籍地の役所で長男の「死亡記載」がされました。
その戸籍を見たとき、Oさんは「やっと前に進める。でも、やっぱり複雑な気持ち」とおっしゃっていたのが印象的でした。
そして、新たな一歩へ
長男が結婚しておらず子もいなかったため、長男の財産はすべて母であるOさんが相続することになりました。長女との遺産分割協議もスムースに整い、収用手続きも進んでいます。
数か月後には、長年住んだ自宅から新しいマンションへと引っ越されるとのこと。「気持ちの整理はまだ完全じゃないけど、長女と一緒にマンションを見に行ったんですよ」と笑顔で話すOさんを見て、私も胸が熱くなりました。
お客様の声
20年という時間は、思った以上に心に影を落としていました。
長男の戸籍に「死亡」と記載されるのを見るのは、本当に辛かったけれど、今の私に必要だったのは「けじめ」だったのかもしれません。一人ではどうしていいかわからなかったけど、先生が一つ一つ丁寧に導いてくださったおかげで、こうして前に進むことができました。
本当にありがとうございました。
今回のケースは、法律的な手続き以上に、心の整理が求められるものでした。行方不明のご長男に対するお母様の気持ちは、20年以上経っても消えるものではなく、失踪宣告という手続きの重みを改めて実感しました。それでも、「このままでは何も変わらない」「娘にも負担をかけたくない」というお気持ちから、一歩踏み出す決断をされたOさんの姿勢に、私自身も深く心を打たれました。
ご相談者様一人では進めることが難しい相続の問題でも、専門家が伴走することで解決への道が見えてくることがあります。
同じようにお悩みの方がいらっしゃれば、ぜひ一度ご相談ください。

※参考記事「居所不明・連絡不能な相続人がいる場合の対応法|不在者財産管理人・預金解約の実務も解説」
※参考記事「相続における失踪宣告とは?不在者財産管理人との違いや手続きの判断基準を解説」
相続でお困りの際は、ぜひご相談ください。