司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
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相続に関する話し合いでよく登場する「特別受益」と「寄与分」。言葉は似ていますが、意味も考え方もまったく異なります。この記事では、それぞれの違いや判断基準、さらに当事者同士の話し合いと家庭裁判所での調停の違い、そして遺産分割協議にどのような影響を与えるのかを、初心者の方にもわかりやすく解説します。
目次
遺産を分けるとき、「ある人だけが生前にたくさん援助を受けていた」ということがあると、不公平だと感じる方もいるかもしれません。こうしたときに関係してくるのが「特別受益(とくべつじゅえき)」という考え方です。
特別受益とは、相続人のうちの一人が、亡くなった人から生前に特別な贈与や援助を受けていた場合に、それを“相続財産の前渡し”のように見なす制度です。簡単に言えば、「もう先にもらっていた分があるんだから、遺産はその分を差し引いて考えましょう」という考え方です。
たとえば、次のようなケースが特別受益に当たることがあります。
・親から住宅を買うために1,000万円もらった
・結婚資金として多額の援助を受けた
・大学や留学の費用を親にすべて出してもらった
これらは、相続人の一部だけが特別にもらっていた「財産的な利益」とされ、特別受益に該当する可能性があります。
遺産を分けるときには、まず相続財産に特別受益の金額を「足して」全体の遺産を考えます。そして、特別受益を受けた人の取り分からその分を「引いて」計算することになります。
たとえば、遺産が3,000万円、相続人が子ども2人で、うち1人が生前に1,000万円の住宅資金をもらっていたとします。この場合、合計の相続財産を4,000万円と見なして、2人で2,000万円ずつが基本の取り分です。そして、1人はすでに1,000万円もらっているので、残りの遺産からは1,000万円しかもらえない、という計算になります。 つまり、特別受益があると、実際にもらえる遺産の金額が変わることになるのです。
相続では、ある相続人が被相続人(亡くなった方)の財産を守ったり増やしたりするような貢献をしていた場合に、その貢献を考慮して他の相続人より多く遺産を受け取れるようにするのが「寄与分(きよぶん)」という制度です。たとえば、生前に不動産購入のための資金を出した、あるいは介護や家業の手伝いを無償で長年続けた、というような行為が対象になります。
「寄与分」がどのような行為によって認められ得るか、その代表的な「寄与の型(種類)」を整理します。通常、次のような型が実務的に使われています。
主な5つの寄与の型
これらの型の中でどれにあたるかを明示したうえで、どのくらい「貢献したか」「どれだけ無償または低報酬だったか」「どのくらい継続していたか」「故人の財産の維持または増加に結びついたか」を総合的に判断して、寄与分が認められるかどうか決まります。
ただし、この判断は非常に個別事情に左右されやすく、「この型なら必ずこれだけ」という“明確な全国共通の基準額”があるわけではありません。裁判例や実務上の傾向で参考にされるケースはありますが、それもあくまで「目安」と理解するのが現実です。
実際の相続で「寄与分」として問題になりやすいのは、この「療養看護・介護型」です。以下、どのような場合に寄与分と認められやすいか、裁判例・実務のポイントを交えて説明します。
なぜ療養看護型が多いのか
多くの家庭で、故人が晩年に要介護・寝たきりになり、子どもや配偶者などが無償で介護を行うという状況があるからです。施設やヘルパーを利用すれば費用がかかるところを、その分を自分たちが無償で担うことで「財産の流出を防いだ」「施設費用や看護費用がかからなかった分、遺産の価値を維持した」と評価されやすいのです。
寄与と認められるためのポイント(実務上重視される要素)
特別の寄与として認められるためには、以下のような要素が重要です。
逆に、軽微な世話や普通の同居、日常の手伝い程度では、通常の扶養義務の範囲とみなされて寄与分が認められないケースも多いとされています。
裁判例のひとつ:金額の“目安”として
例えば、ある裁判例では、故人が寝たきりで、夜間も含めて昼夜看護が必要なケースで、2年4か月の看護について 120万円 の寄与分が認められたというものがあります。
ただしこの120万円はあくまでその事案の事情(看護の程度、頻度、被相続人の状態、証拠の有無など)によるものであり、同じような「○年介護したから×万円」という単純な換算はできません。実務上は裁判所が個別に「寄与の時期・程度・労力・無償性・財産への影響」をすべて見て判断するからです。
結果的に、「思ったより少額だった」「請求したが認められなかった」「寄与分としては認められたがごくわずか」というケースが多いのも現実です。
近年の民法改正により、寄与分の制度に関連する制度も見直しがなされています。特に注目すべきは、相続人以外の親族による介護・支援を評価するための制度、特別寄与料制度です。
特別寄与料制度とは
従来、例えば「長男の妻(法定相続人ではない配偶者)」「孫」「内縁の配偶者」などが故人の介護や支援を無償で行っていたとしても、法定相続人でなければ遺産を取得することはできませんでした。ところがこの制度によって、そうした“相続人でない親族”も、一定の条件を満たせば「特別寄与料」として金銭の請求が可能になりました。
この改正によって、寄与行為をした人が必ずしも法定相続人である必要がなくなり、より広く「介護などの貢献」が評価されやすくなったのが大きなポイントです。
ただし、寄与分も特別寄与料も“特別の貢献”が前提
どちらの制度においても、「ただちょっと手伝った」「軽く同居しただけ」など通常の家族のあり方に過ぎないものは評価されにくく、「無償で、継続的に、被相続人の財産維持・増加に明らかに貢献した」という事情が強く求められます。また、寄与分・特別寄与料の請求には証拠の提示が不可欠で、単なる「言い分」だけでは認められにくいという実務上の限界があります。
ここまで見てきたように、「寄与分」は法律で定められている制度ですが、実際には次のような理由で、請求した通りの金額が認められないことが多くあります。
一つ目は、「寄与の程度や無償性、継続性、因果関係」などの要件を厳格に判断されるためです。たとえば、数年短期間だけ介護した、日常生活の手伝いにとどまった、報酬が支払われていた、などの事情があると、「通常の家族として当然すべき範囲」とみなされやすく寄与分は否定されやすくなります。
二つ目は、証拠をそろえることが難しい点です。介護日数、内容、家族の貢献の実態などを記録・証明できなければ、「言った言わない」の水掛け論になってしまいがちで、裁判所が慎重な判断をする傾向があります。
三つ目に、仮に「大きな貢献」があったとしても、故人の遺産の額や他の相続人とのバランスによっては、裁判所が認める金額が“相対的に小さく”なることがあります。要するに、「遺産全体とのバランス」が重要視されるからです。
このような事情から、実務では「思っていたほど増えなかった」「認められなかった」「合意した方が条件がよかった」という話が少なくありません。
こうした制度の不確実さやハードルの高さを踏まえると、相続人同士が話し合いで合意することは、非常に合理的な手段と言えます。
話し合いなら、裁判所の厳格な基準や証拠のハードルに縛られず、「お互いの事情・労力・貢献を尊重した妥協点」を見つけやすいためです。介護を担当した人の気持ち、他の兄弟の負担、遺産の額、これまでの経緯――すべてを踏まえて「公平」と感じられる答えが出やすいのです。
特に、療養看護のように「目に見えにくい貢献」「時間と労力に見合う報酬が通常出されない貢献」の場合、裁判所の評価と当事者の感じ方にギャップが出やすいため、話し合いでの解決が現実的かつ理にかなっていることが多いようです。 もちろん、話し合い自体が難しい、意見の対立が激しい、といった場合には、家庭裁判所での調停や審判(裁判)の道を選ばざるをえないこともあります。そういう意味で、制度の理解と当事者間の合意努力の両方が大切です。
相続の現場では、「特別受益」と「寄与分」という2つの制度が、よく混同されることがあります。しかしこの2つは、考え方も目的もまったく違います。正しく理解しないと、遺産分割協議の場で話がかみ合わなくなったり、不要なトラブルを引き起こす可能性もあります。
そもそも何が違うのか?
特別受益は「生前にもらいすぎていた人の取り分を減らす」ための制度です。一方、寄与分は「生前に貢献してくれた人の取り分を増やす」ための制度。つまり、特別受益は“マイナス調整”、寄与分は“プラス調整”というように、作用の方向が正反対です。
たとえば、ある子どもが親から生前に住宅購入の援助を受けていた場合、それは特別受益としてその分を差し引いて計算します。一方で、別の子どもが長年親の介護をしていた場合は、その労力を評価して寄与分としてプラスされることになります。
よくある誤解と現実
「特別受益と寄与分は相殺できるの?」といった疑問もよくあります。たとえば「長男は家を建ててもらったけど、親の介護もしたからチャラになるよね?」という感覚です。
しかし、実務では特別受益と寄与分はそれぞれ別々に検討されます。つまり、「もらいすぎていたか」と「貢献があったか」は別々に評価され、そのうえで遺産の取り分が調整されるのです。チャラになるかどうかは、個別に精査した結果、偶然そうなっただけという場合がほとんどです。
また、「うちは寄与分があるから、兄弟より多くもらって当然」と思い込むのも要注意です。前のセクションで触れたように、寄与分は裁判所で認められる金額が思ったより低くなる傾向がありますし、「通常の扶養の範囲内」と判断されると、そもそも寄与分が認められないこともあるからです。
遺産分割協議での注意点
特別受益や寄与分は、相続人の間で意見が分かれやすく、感情的にももつれやすいテーマです。たとえば「昔から不公平だった」「介護の負担を押しつけられた」「あの援助は親が勝手にしただけ」など、長年の感情がぶつかりやすい場面でもあります。
だからこそ、特別受益や寄与分を主張する場合は、できるだけ客観的な事実や証拠(契約書、振込記録、介護日誌など)をもとに冷静に話し合うことが重要です。感情論ではなく、制度の趣旨と事実に基づいて話し合うことで、円滑な合意に近づける可能性が高まります。 そして、話し合いが難しいと判断した場合には、早めに専門家に相談するのも一つの手です。適切なアドバイスがあることで、無駄な争いを防ぐことができます。
特別受益と寄与分は、どちらも遺産分割の公平性を保つために設けられた重要な制度ですが、その意味や役割はまったく異なります。特別受益は「生前にもらいすぎた取り分を調整するもの」、寄与分は「被相続人の財産に貢献した人の取り分を増やすもの」です。
特別受益では、住宅資金や学費などの援助が対象になりやすく、一方の寄与分では、介護や家業の手伝いといった行為が評価されることになります。ただし、寄与分については思った以上に認定が厳しく、裁判になった場合には請求した金額がそのまま認められることは少ないのが現実です。
だからこそ、当事者同士の冷静な話し合いがとても大切です。証拠や事実に基づいて、お互いの立場や感情を尊重しながら話し合えば、裁判以上に満足度の高い結果になることも珍しくありません。 制度の理解と対話の姿勢。この両方が、納得のいく相続に近づくための鍵になるでしょう。
○特別受益にあたるかどうかは、誰がどのように判断するのですか?
特別受益に該当するかどうかは、原則として相続人同士の話し合いで判断されます。話し合いで決着がつかない場合には、家庭裁判所に調停を申し立て、最終的に裁判所が判断を下します。具体的な金額や内容については、証拠や経緯が重視されます。
○寄与分が認められる条件にはどんなものがありますか?
寄与分が認められるためには、被相続人の財産の維持や増加に対して無償で特別な貢献をしたことが必要です。たとえば、長期間にわたる無償の介護や、家業への無償労働、大きな金銭的支援などが該当します。ただし、単なる同居や扶養の範囲にとどまる行為は認められにくいため注意が必要です。
○遺産分割の際、特別受益や寄与分は必ず考慮しなければならないのですか?
はい。相続人間で特別受益や寄与分があると考えられる場合、それらを考慮した上で遺産分割を行うのが原則です。ただし、相続人全員が同意すれば、特別受益や寄与分を考慮せずに分割することも可能です。大切なのは、全員の合意があることです。
○療養看護による寄与分はどのくらいの金額が認められるのですか?
療養看護による寄与分は、その介護の内容や期間、貢献度によって大きく異なります。実務では数十万円から数百万円程度が認められることが多く、たとえば2年以上の無償介護で120万円と認定されたケースもあります。ただし、思ったほどの金額が認められないことも多く、証拠の有無や他の相続人とのバランスも影響します。
○特別寄与料とは何ですか?寄与分とはどう違うのですか?
特別寄与料とは、相続人ではない親族(たとえば長男の配偶者など)が被相続人に対して特別な貢献をした場合に、その貢献に対する金銭を請求できる制度です。寄与分が相続人のための制度なのに対し、特別寄与料は相続人以外の貢献者のための制度です。2019年の民法改正で新設され、現在では家庭裁判所での請求も可能になっています。
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