亡夫は長男の子どもの結婚式にも参加していた！
こういうケースは早く連絡を取ったほうがこじれずにすみます。そこで私は事務所に帰ると、すぐに福岡に住む長男の健太郎さんに手紙を書きました。
故・健一さんの相続人代表者である奥様の洋子さんに依頼されて手紙を書いていること、戸籍を辿ったところ、健一さんと前妻の長男である健太郎さんが相続人の一人になると判明したこと、遺産分割の手続きについて説明したいが住所しかわからないので手紙を書いていること、そして連絡が欲しいことを記しました。
手紙を出して間もなく、健太郎さんから事務所に電話が入りました。
電話口で健太郎さんは大変悲しんでおられ、「父にお線香をあげたいのですが・・・」とそればかりを繰り返し言っていました。
健一さんは離婚後も、洋子さんに内緒で定期的に健太郎さんと会っていたようでした。
「父と母は離婚しましたが、私にとっては優しい父でした。父は私の娘の結婚式にも参加してくれたんです。その時は本当にうれしそうでした」という、意外な話まで出てきたのです。
「線香をあげたいから、お父さんの今の奥さんを紹介してほしい」という健太郎さんの希望を洋子さんに伝えることを約束して、電話を切りました。
さあ、ここからが大変です。
洋子さんは、亡夫・健一さんが長男・健太郎さんと連絡を取り合っていたことを全く知らなかったわけで、ここは上手に話をもっていかないと、洋子さんの機嫌を損ねてしまうケースです。
私は再び、洋子さんのお宅へお伺いし、時間をかけて、長男・健太郎さんから連絡があったこと、健一さんにお線香をあげたいと言っていること、そして健一さんと健太郎さんの関係についてもご説明しました。
最初はびっくりして、「私に内緒で会っていたなんて、許せない！」と激高していた洋子さんですが、
お孫さんの結婚式に出られたときの健一さんの様子や、「父はきっと洋子さんに余計な心配をかけたくなかったんでしょう。だから私と会っていることを内緒にしていたんではないでしょうか」という健太郎さんの言葉を伝えると、納得しないまでも怒りはおさまり、渋々でしたが健太郎さんの弔問を受け入れると言ってくれました。
当日、私はJR総武線平井駅の改札で健太郎さんと待ち合わせし、洋子さんのお宅へ健太郎さんを案内したのです。
洋子さんのお宅の前まで行き「ここですよ」と言うと、健太郎さんはちょっと驚いたように小さな木造の家を見つめ、「父はずいぶんと質素な生活をしていたんですね」とつぶやきました。「ここは洋子さん、今の奥様の妹さんのお宅で、お父さんは間借りしていたようです」という私の説明に、「そうですか」と小さく答えました。
初めて洋子さんと対面した健太郎さんは、「父から聞いていた通りの方ですね」と言って、「健太郎です。今日は私の希望を受け入れてくださり、ありがとうございます」と頭を下げました。
健一さんにお線香をあげると健太郎さんは満足したようでした。そして洋子さんに向かい、「私は父の遺産の半分をいただくつもりはありません。ただ、父が可愛がっていた私の娘に父の遺産をあげたいと思っています。４分の１ほどいただければ十分です」と話されたのです。
その話を聞いた洋子さんは、ほっとした表情を浮かべ、「どうもありがとうございます」と深々と頭を下げたのでした。
平井駅までの道すがら健太郎さんは、「母は、『お前もあの人の財産をもらう権利があるんだから、しっかり半分はもらいなさい』と言っていたんです。でも母は関係ありませんから。これは私が考えて出した結論です」と、すっきりした表情で話してくれました。
こうして、大きく争うことなく、双方が納得する形で解決することができました。
そもそも健一さんが洋子さんに前妻との間に子どもがいたことを内緒にしていたばかりに起こった騒動です。息子さんに少しでも財産を残したいと思ったなら、健一さんはきちんと遺言書を残しておくべきでした。
このケースは下手をすると大きくこじれる可能性もあったのですが、司法書士としてできることを一歩踏み出してやったことで、こじれることなく洋子さんと健太郎さんの間を取り持つことができたのだと思います。
