遺産分割対象となった亡妻の子どもたちに連絡
数日後、「いろいろ考えて、佳代ともよく相談しました。預金の半分を妻の財産として、遺産分割協議を進めてください」という連絡が入りました。
「美和子様の二人のお子様にこの条件を受け入れていただく必要がありますから、まずは太田様のご要望をお伝えします」
早速、住所の履歴が記されている戸籍の附票を取得したところ、お二人とも都内在住であることがわかりました。そこでお母さまが亡くなったこと、遺産相続が発生したこと、お母さま名義の預金を相続することになるが、このお金が実質、太田さんの収入をもとに築いた財産であること、とはいえお母さまの協力がなければ築けなかった財産なので、預金の半分はお母さまの財産であると太田さんが考えていること、そして、太田さんは預金総額の半分を遺産分割したいという希望であることを記した手紙を出しました。
ほどなく姉弟から電話があり、それぞれと直接会って説明することになりました。
美和子さんとは40年以上連絡を取っていないと話していたので、私はお二人にお母さまの最期の様子をお伝えしたいと考え、太田さんに電話でお話を伺いしました。
美和子さんはバイタリティーにあふれ、交友関係も広く、佳代さんの小学校のPTA会長や町内会の役員も務めたほど活動的だったこと。ただ長年リウマチの持病があり、リハビリと称してペン字や健康体操などのクラブ活動に積極的に参加していたこと。リウマチ疾患者とはいえ、車を運転し元気に行動していた美和子さんが、今年1月下旬にインフルエンザB型に罹患したこと。感染ルートは不明で、薬の服用でいったんは回復したものの、その後、感染症による敗血症ショックにより悪化、2月にかかりつけ病院に入院、治療を続けていたが、日に日に弱っていく様子だったこと。夜中に急変し、病院に駆けつけるも最期には間に合わず、隆志さんも佳代さんも無念で仕方がないこと。美和子さんの希望通り、盛大な葬儀を行ったこと……。
私は伺った話を文書にまとめ、姉弟と会う際に渡すことにしました。
最初に弟の鈴木良介さんと面会しました。私の書いた文書をじっくり読んだ後、美和子さんと別れてからの人生を短く私に話してくれました。良介さんによると、美和子さんと別れてほどなくしてお父様は再婚したそうです。
「私はまだ幼かったのでじきに継母にも懐いたのですが、姉はなかなか関係が築けず、それが原因で父と折り合いが悪くなってしまい、高校を卒業してすぐに家を出て行ってしまいました。それ以来、姉とは会っていないんです」
そう言う良介さんに私は、「明後日、史子さんにお会いしますよ」と伝えると、「会いたいと伝えてください」と懇願されました。
お姉さんの史子さんも、同じように美和子さんの最期の様子を記した私の文書を黙って読んだあと、「良介にはもう会われましたか?」と尋ねられました。一昨日会ったこと、良介さんがお姉さんに会いたがっていることを伝えると、「元気なんですね。私も会いたいので、良介に私の携帯番号を教えてください」と言づけられました。
姉弟とも、私の文書を読み、隆志さんと再婚し、美和子さんは幸せに過ごしていたことを知り、隆志さんの希望通り、預金額の半分を基準とした法定相続分で遺産相続することを了承してくださいました。
養子縁組された佳代さんにも納得していただき、こうして無事に遺産分割協議を終えることができました。
母の死が、姉と弟の再会の機会に
史子さんと面会したあと良介さんに連絡を取り、史子さんの携帯電話の番号を伝えました。後日、良介さんから私に電話がありました。
「無事に姉と連絡を取り合うことができました。姉と一緒に母の墓参りをしたいので、場所を教えていただけるよう、太田さんに聞いていただけませんか。そして可能なら太田さんにお会いして、感謝を伝えたいのですが……」
私はすぐに太田さんに連絡を取りました。姉弟の希望を伝えたところ、太田さんは「ぜひ、墓参りしてください。美和子さんもきっと喜びます」と快諾してくださり、「お墓からうちはすぐですから、お墓参りが終わったらうちに寄ってください」とご自分の携帯番号を伝えてほしいと伝言されたのです。
すべての手続きが終わった後、太田さんから私に電話がありました。
「今回は本当にお世話になりました。藤川さんのおかげで、裁判になることもなく、無事に遺産分割を終えることができました。今回のことがきっかけで、美和子さんのお子さんたちも再会することができたみたいで、なんだか美和子さんがそうなるように仕組んだんじゃないかって、佳代と話しているんです。何から何までどうもありがとうございました」
そう話す太田さんからは、ちょっと寂しそうでしたが、ホッとした様子が伝わってきました。
このケースは、もし史子さんと良介さんが、預金全額が亡母の相続財産であると主張したら、裁判になっていました。隆志さんも全額自身の財産だと主張せずに、半分を美和子さんの財産だとして譲歩されたこと、美和子さんの二人のお子さんも財産形成の事情を理解してくれたことで、スムースに手続きを終えることができました。
「二人のお子さんが、美和子さんのお墓参りをしてくれたことが、私は一番うれしかったです。美和子さんもきっと喜んでくれていると思います」
最後に太田さんはそう言って電話を切られました。 この解決法がベストだったのか正直わかりませんが、少なくともバラバラだった家族の関係が修復され、裁判にならずに解決できたわけで、悪くない結果だったと思います。
終わり