今日の相談は、亡妻が残した息子たちを探して、相続手続き全般をお願いしたいということです。
取引金融機関の山田さんも「相続人のご主人が最初からそういうお考えなので、もめることはないと思います。とりあえずご主人と会って、お考えをもう一度確かめてください」と言っていたけど・・・・・・。まずは相続人に会ってみないとな。
金融機関の会議室に入ってきたのは、たいへん穏やかで優しい雰囲気の男性でした。「あれ? 確か被相続人は70歳で亡くなったと言っていたけど、この人はずいぶん若く見えるけど・・・・・」、そんな私の頭の中の声が聞こえたかのように、依頼人の鯵澤和孝さん(58歳)は「私と美和子さんは一回り違うんですよ」と話し始めました。
被相続人の鯵澤美和子さんは、39歳の時にいわゆる性格の不一致で離婚。離婚時二人の息子の親権は父親が取ったため、10歳の長男と6歳の次男を残して家を出ざるを得ませんでした。
親権でもめたため、離婚後、一度も美和子さんは息子たちとの面会がかなわず、悲しく寂しい日々を過ごしていた時に、行きつけの美容院で美容師として働いていた和孝さんと出会ったそうです。
「私のひとめぼれだったんです」、と和孝さんは言います。けれど当初は、美和子さんは12歳も年が上だったため、和孝さんのアプローチを本気にしてくれなかったようです。それから5年かけて関係を築き、二人は結婚することになったといいます。
「ありきたりな言い方で恥ずかしいのですが、私にとって美和子さんは太陽みたいな存在で、ちょうど美容師として自分の店を持つかどうか悩んでいた時に背中を押してくれた人なんです。美和子さんがいなければ、あの時、独立できなかったんじゃないかと思います」
そう話す和孝さんからは、本当に美和子さんを愛していたことが感じられました。
「美和子さんの息子たちには、美和子さんが残した遺産をきちんと分けてあげたいと思っています。とはいえ、これまで連絡を取ったことがないので、二人の所在もわかりません。どうか藤川さん、美和子さんの遺産を分けられるよう、二人を探してください」
そう言って、和孝さんは深々と頭を下げられました。
そこで私は戸籍の附票を取得。息子さんたちの住所はすぐに判明したため、鯵澤美和子さんの遺産相続が発生したこと、お二人が法定相続人になっていること、詳細を説明したいので連絡をいただきたいことを明記した手紙を送りました。
ほどなくして、長男である河野浩一郎さん(41歳)から電話が入りました。
浩一郎さんの第一声は私を疑うような調子でしたが、財産目録を含めた遺産分割の報告書を送ることなど、仔細を説明すると、「わかりました。本当に母は亡くなったんですね。弟の洋二郎からは『すべて兄さんに任せる』と委任されているので、今後の連絡は私の方にください」と話されました。
私は早速、和孝さんに連絡し、息子さんたちと連絡が取れたこと、息子さんたちに財産目録を含めた遺産相続の報告書を送ることなどを説明し、了承を得ました。
「ありがとうございます。実は先日、美和子さんの遺品を整理していたら、箪笥の奥から二人のへその緒と小学校の運動会の写真が出てきたんです。たぶん私と結婚する前に撮ったものだと思うんですが、そのどれもが隠し撮りをしたような写真で・・・・・・。美和子さんがどれほど息子たちに会いたかったか・・・・・・、不憫でならないんです。だから美和子さんの息子たちにはきちんと法定相続分の遺産を分けてあげるつもりです。私にできることはそれくらいしかないので」 和孝さんの言葉に、亡妻美和子さんを思う気持ちがあふれていると感じ、「穏やかに手続きが進められるよう、お力添えさせていただきます」と答えて、私は電話を切りました。