浩二さんの意図を感じる遺産相続
浩二さんのお子さんに手紙を送ったあと、津田さんから浩二さんの財産関係書類一式を預かることになりました。従兄妹が見つかり、津田さんもホッとしているようでした。
ほどなくして、浩二さんの長男・滝山浩介さん(60歳)から私に電話が入りました。父親の遺産相続が発生したという手紙をもらっても、最初はピンと来ていないようでしたが、ご親戚の津田さんたちが浩二さんのお世話をしていたこと、戸籍を辿って浩介さんと妹の山口由美子さん(58歳)にたどり着けた経緯などを説明したところ、やっと理解してくださいました。
「岡山にお伺いしますので、お忙しいとは思いますがお時間をいただけませんか。その時にくわしく、相続の経緯などについてご説明します」と私が言うと、「ちょっと待ってください。私たち兄妹にとって父はいない人なんです。母と父が離婚したとき、私は3歳、妹は1歳だったんですよ。急に父の遺産相続といわれても『はい、そうですか』というわけにはいきません。相続するかも含めて妹とも相談しますので、一両日時間をいただけますか」と言って電話を切られたのです。
その電話のあと、すぐに津田さんに連絡し、浩介さんとのやり取りについて報告しました。
「そうですか、浩介君がそんなことを…、きっといろいろ大変なことがあったんでしょうね」、と少し寂しそうに話されたのが印象に残っています。
二日経って、浩介さんから、「岡山に来ていただけるなら、妹と二人でお会いします。相続するかどうかは、お話を伺ってから判断します」という電話がありました。
私はすぐに岡山に向かい、浩介さんと由美子さんに会って、事の経緯を説明することにしたのです。
お二人のお母さまと離婚後、浩二さんは再婚したこと、連れ合いに先立たれてからは、津田さんと加山さんご夫妻が面倒を見ていたこと、そして加山さん夫妻を債権者とすることで、やっとお二人に辿りつくことができたこと、などを一つ一つ説明し、お二人は最後まで私の話を黙って聞いてくれました。
「電話でも話しましたが、私たち兄妹は父親はいないものとして育ちました。だから今さら父親ずらして財産を残されても、心からありがとうございますとはなかなか言えません。けれど、従兄妹の信さんや加山さんには迷惑をかけられませんから。父の財産を相続して、そして信さん、加山さんが立て替えられた費用をそのなかからお支払いしますので、藤川さん、手続きをお願いします」
と話され、私はお二人から正式に遺産相続手続きの依頼を受けたのです。
その日の帰り際、浩介さんから「父のお骨はどこに埋葬されているのでしょうか」と質問されました。
浩二さんは再婚したときに婿養子に入った関係で、亡妻の家のお墓に一緒に入るつもりだったようです。ところが墓守する子どももいないため、津田さんに亡妻のお骨と一緒に、岡山の実家の墓に入れてほしいと依頼されていました。そのとき、「弘子(亡妻)の親のお骨は、お寺に永代供養をお願いしたから大丈夫だ」と言ったそうです。
後日、津田さんから伺ったその話を浩介さんに伝えたところ、少しホッとしているようでした。
それからは浩介さんを窓口に、淡々と相続手続きを進めていきました。杉並の土地と家屋は売却して換価金を二等分し、預貯金も解約手続きを進め、津田信さん、加山さん夫妻が立て替えられた合計約220万円を支払った残りを二等分することになりました。
こうした手続きが済んだのち、業務の完了報告をするため、私はもう一度岡山に出向き、浩介さん、由美子さんご兄妹とお会いしたのです。
最後に浩介さんは、「信さんと加山さんご夫妻には本当にお世話になりました。どうか私たちからの感謝の意を伝えてください」と頭を下げられました。
相続手続きを終え、津田さんは本当にホッとされていました。今回の相続がうまくいったのは、ひとえに当事者の皆さんが貪欲でなく、立て替え金の返金という常識的な要望しかされなかったからだと思います。
とはいえ、どれだけ世話をしても、遺言書がない限りは法定相続人以外には相続の権利がないことを再確認するとともに、もしかしたら浩二さんは、遺言書がなければ自分の子どもに相続されることがわかっていて、あえて遺言書を書かなかったのではないかとも考えた案件でした。それを津田さんもわかっていたのではないか……。 いずれにせよ、皆さんに納得いただけて頑張ったかいがありました。
終わり