司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
CONTENTS
「通帳や実印の場所は家族に伝えてあるから、私の死後の手続きで困ることはないだろう」
そう安心している方に、今すぐ見直していただきたい盲点があります。それが「デジタル遺産」の存在です。
スマートフォンやパソコンが普及した現代、私たちの財産や個人情報は「目に見えない形」でインターネット上に数多く存在しています。ネット銀行の預金、ネット証券の株式、暗号資産(仮想通貨)だけでなく、日常的に使っているサブスクリプション(定額制サービス)やSNSアカウントなども、広い意味ではデジタル遺産の一部といえます。
これらを未整理のまま放置しておくと、将来、残された家族に金銭的・精神的な負担をかけることになりかねません。
今回は、デジタル遺産が抱える特有のリスクと、トラブルを防ぐために「元気な今だからこそできる生前整理の手順」について、相続実務の視点から詳しく解説します。
〇デジタル遺産の定義
「デジタル遺産」は法律上明確に定義された用語ではありませんが、一般に、故人が利用・保有していたパソコン、スマートフォン、外付けハードディスクなどの「物理的なデジタル機器」と、その内部に保存されたデータ、さらにインターネット上の財産・アカウント・契約などを広く指して使われています。
大きく分けると、次の2つに分類できます。
①金銭的価値のあるもの(デジタル財産)
・ネット銀行の預金口座
・ネット証券のアカウント(株式、投資信託など)
・暗号資産(仮想通貨)やFX
・電子マネー、ポイントなど
②金銭的価値の有無にかかわらず、個人情報や思い出、契約関係などが含まれるもの
・スマホやPC内の写真、動画、連絡先データ
・SNSアカウント(LINE、X、Facebook、Instagramなど)
・サブスクリプションサービス(動画配信、音楽、クラウドストレージなど)
・有料アプリやネット通販のアカウント(Amazon、楽天市場など)
〇法律上、デジタル遺産は相続できるのか
デジタル遺産は、そのすべてが同じように相続されるわけではありません。
ネット銀行の預金やネット証券で保有している株式・投資信託など、金銭的価値のある財産については、通常の預貯金や有価証券などと同様に相続の対象となります。
暗号資産についても財産的価値があり、相続によって取得した場合には相続税の対象となり得ます。
したがって、ネット銀行の預金だからといって相続手続が不要になるわけではなく、通常の財産と同様、遺言や遺産分割などに従って相続手続を行う必要があります。
一方、SNSアカウントやサブスクリプションサービスなどは、預貯金のように当然に相続人がそのまま利用できるとは限りません。
利用規約や各サービスの仕組みにより、アカウントの承継が認められず、遺族が行えるのは解約、削除、追悼アカウントへの移行、一定のデータへのアクセス申請などに限られる場合があります。
つまり、デジタル遺産については、「相続財産として引き継げるもの」と「サービスの利用規約等に従って個別に対応しなければならないもの」を分けて考える必要があります。
デジタル遺産が通常の財産と大きく違うのは、「家族の目に見えない(存在に気づけない)」という点です。
この特徴が、死後に次のようなトラブルを引き起こす可能性があります。
リスク① 家族が気づけない「埋蔵金」と「隠れ借金」
従来の相続であれば、自宅の遺品整理の際に見つかる「紙の通帳」や、郵送されてくる利用明細などをきっかけに、家族が財産の存在を知ることができました。
しかし、ネット銀行やネット証券ではペーパーレス化が進んでいます。
郵送物がほとんどなく、家族がスマホのロックを解除できず、パソコンの中身も確認できなければ、そこに多額の預金や株式があっても、長期間その存在に気づけない可能性があります。
さらに注意が必要なのが、FXや信用取引などに関連する「マイナスの財産(負債)」です。
取引内容によっては、相場の急変などによって損失や追加の負担が発生していても、通知が電子メールやアプリ内だけで行われ、家族がすぐには気づけないことがあります。
デジタル化によって、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も「見えにくくなっている」のです。
リスク② スマホのロック解除という「高すぎる壁」
家族が「ネット口座がありそうだ」と気づいても、故人のスマホのパスコードやPCのログイン情報が分からなければ、端末内から手掛かりを探すことが難しくなります。
スマートフォンのセキュリティは年々強固になっており、遺族だからといって、メーカーが簡単に端末のパスコードを解除してくれるわけではありません。
例えばAppleは、パスコードでロックされたデバイスについて、デバイスを消去せずにパスコードロックを解除することはできないと案内しています。
民間のデータ復旧業者などに依頼しても、端末や機種、設定状況によってはロック解除やデータ復旧が困難な場合があります。
だからこそ、「自分しか知らないスマホの中にすべての財産情報を入れておく」という状態は、終活の観点からは注意が必要です。
リスク③ 死後も契約が続く「サブスクの会費」
動画配信サービス、音楽配信、クラウドストレージ、定額制のファンクラブなどは、本人が死亡したという事実だけで、すべての契約が自動的に解約されるとは限りません。
遺族が契約の存在に気づかず、解約手続を行わなければ、登録されたクレジットカードや口座などから料金の請求が続くことがあります。
一つひとつは月額数百円、数千円でも、複数のサービスを利用していれば負担は積み重なります。 何より、家族が「どのサービスを利用していたのか」を調べること自体が大きな負担になります。
これらのリスクを未然に防ぎ、将来家族に負担をかけないためには、自分自身が健康で判断能力がしっかりしているうちに、デジタル遺産の棚卸しをしておくことが大切です。
具体的な手順をステップ順に解説します。
ステップ1 アカウントの断捨離(不要なサービスの解約)
生前整理の第一歩は、「今使っていないサービスを整理すること」です。
例えば、
・数年以上ログインしていないネット通販のアカウント
・昔使っていた古いメールアドレス
・なんとなく契約したまま毎月料金が引き落とされているサブスク
などです。
これらを今のうちに退会・解約しておくことで、死後に家族が整理しなければならないアカウントや契約の数を減らすことができます。
これは自分自身の現在のセキュリティ対策としても有効です。
ステップ2 資産価値のある「金融口座」のリストアップ
現在利用しているネット銀行、ネット証券、電子マネー、暗号資産などを紙やエンディングノートなどに書き出します。
ここで重要なのは、ログインパスワードそのものを一覧にして残す必要はないという点です。
生前にパスワードをそのまま書き残しておくことは、保管方法によっては盗難や不正アクセスのリスクを高める可能性があります。
家族が相続手続を進めるために、まず必要なのはパスワードではありません。
「〇〇銀行に口座がある」
「〇〇証券で株式を保有している」
「〇〇という暗号資産交換業者を利用している」
という「存在の事実」です。
金融機関等が分かれば、相続人は戸籍謄本など必要な書類を用意し、各金融機関等が定める正規の相続手続によって、残高照会や解約・名義変更などを進めることができます。
故人のIDやパスワードを使って、相続人が本人になり代わってログインする必要はありません。
ステップ3 思い出のデータ(写真・動画)の整理
スマホやクラウド上に保存されている膨大な写真や動画についても、
「家族に遺したいもの」
「自分だけで保管しておきたいもの」
「削除してもよいもの」
などに整理しておくとよいでしょう。
遺したい大切な写真は、クラウドだけに保存するのではなく、別の媒体にバックアップを取ったり、一部を印刷してアルバムにしておいたりする方法もあります。 大切なのは、「自分が亡くなった後でも、家族が必要なデータにたどり着ける状態」をつくっておくことです。
生前整理が進んだら、それをどのように家族へ引き継ぐかが重要です。
セキュリティを守りつつ、万が一のときには家族が必要な情報にたどり着けるようにしておく方法を3つご紹介します。
①「エンディングノート」への集約
最も手軽なのは、市販のエンディングノートや普通のノートなどに、
・利用している金融機関名
・証券会社名
・暗号資産交換業者名
・利用している主なサービス名
・登録しているメールアドレス
などを一覧にしておく方法です。
先述のとおり、詳細なパスワードをそのまま記載しておくことは、保管方法によっては防犯上のリスクがあります。
一方、スマホのパスコードについては、死後に家族が端末内の情報を確認するために役立つ場合があります。
遺しておくのであれば、通常のエンディングノートにそのまま記載するのではなく、第三者に知られないよう厳重に管理し、信頼できる家族に保管場所だけを伝えておくなどの方法を検討するとよいでしょう。
② AppleやGoogleの「死後のデータ引継ぎ機能」を設定する
AppleやGoogleには、自分が亡くなった場合などに備えて、事前に指定した人へ一定のデータを引き継ぐための仕組みがあります。
〇Apple(iPhone)の「故人アカウント管理連絡先」
生前に信頼できる人を「故人アカウント管理連絡先」として指定しておくことで、死亡後、その人がアクセスキーや必要書類をAppleに提出し、Apple Accountに保存されている写真、メッセージ、ファイルなど一定のデータへのアクセスを申請できます。
ただし、これはiPhone本体のパスコードを解除できる制度ではありません。
また、iCloudキーチェーンに保存されたパスワード、パスキー、支払情報など、アクセスできない情報もあります。
〇Googleの「アカウント無効化管理ツール」
Googleには、一定期間アカウントが利用されなかった場合に備え、事前に指定した人へ通知したり、あらかじめ選択したデータを共有したりする設定があります。
これらの機能を元気なうちに設定しておくことで、死亡後に家族が必要なデータへアクセスできなくなるリスクを軽減することができます。
なお、各サービスの機能や利用条件は変更されることがありますので、実際に設定する際にはAppleやGoogleなど各サービス提供者の最新の案内をご確認ください。
③ 遺言書への記載
もしネット銀行の預金やネット証券の金融資産などについて、
「特定の相続人に遺したい」
「財産ごとに取得する人を決めておきたい」
といった希望がある場合には、エンディングノートではなく、遺言書の作成を検討する必要があります。
エンディングノートは、財産や契約の存在、本人の希望などを家族に伝えるためには非常に有効ですが、それ自体に遺言書と同じ法的効力があるわけではありません。
例えば、
「〇〇ネット銀行の預金は長男に相続させる」
など、財産の承継先を法的に指定したいのであれば、法律上の要件を満たした遺言書を作成する必要があります。
また、財産の内容や遺言の内容によっては、司法書士などの専門家を遺言執行者に指定しておくことで、相続開始後の手続きを円滑に進めやすくなる場合があります。
デジタル遺産についても、通常の財産と同じように、「財産がどこにあるか」と「誰に遺すか」は分けて考えることが重要です。
「どこにあるか」はエンディングノートなどで伝え、「誰に遺すか」は必要に応じて遺言書で指定する。 この二つを組み合わせることが、実務上有効な対策となります。
デジタル遺産に関する終活のポイントを振り返りましょう。
1.ネット銀行やネット証券は、紙の通帳や郵送物がない場合があり、家族がその存在に気づきにくい
2.スマホのロックが解除できないと、家族がデジタル財産や契約の手掛かりを探すことが難しくなる
3.対策の第一歩は、不要なアカウントの解約と、利用している金融機関・サービスのリストアップ
4.パスワードそのものを安易に残すのではなく、まず「どこに財産や契約があるのか」を家族に分かるようにしておく
5.財産の承継先を法的に指定したい場合には、エンディングノートではなく遺言書を活用する
デジタル遺産は、私たちが便利な生活を送るようになった結果として生まれた、新しい相続・終活の課題です。
ネット銀行やネット証券、スマートフォンの中にある情報は、本人にとってはすぐに確認できるものでも、本人が亡くなった途端、家族からは「見えない財産」になってしまうことがあります。
重要なのは、IDやパスワードをすべて家族に知らせておくことではありません。
「自分がどの金融機関やサービスを利用しているのか」を家族が把握できる状態にしておくことです。
まずは一度、自分のスマートフォンを開き、
「ネット銀行はいくつあるか」
「証券会社はどこを使っているか」
「毎月支払っているサブスクは何か」
「家族に遺したい写真やデータはどこにあるか」
を書き出すことから始めてみてはいかがでしょうか。 デジタル遺産を含めた相続対策や、遺言書の作成について不安や疑問がある場合には、トラブルを予防するためにも、早めに相続実務の専門家へご相談ください。
終わり
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