遺産相続物語

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第20回 ブーメランのように返ってきた相続――「放棄すれば終わり」という常識を覆した戸籍の盲点(前編)

  • 投稿:2026年07月18日
第20回 ブーメランのように返ってきた相続――「放棄すれば終わり」という常識を覆した戸籍の盲点(前編)

第一章:名義なき株式と、社長を襲った「融資ストップ」の危機

「藤川先生、助けてください。このままだと、銀行からの融資が実行されず、会社の運転資金がショートしてしまいます。でも、誰にお願いして手続きを進めればいいのか、もう私にはさっぱり分からないんです」

私の事務所に駆け込んできたのは、東京都中野区で製造業の会社を経営する井上貴明さん(50歳)でした。

井上さんは、4年前に会社の創業者である浅井さんから請われる形で、取締役から代表取締役へと就任し、会社の舵取りを引き継いだばかりの、いわば“たたき上げ”の二代目経営者です。実務や技術の承継は順調そのもので、業績も右肩上がりに伸びていました。

しかし、一つだけ、先代社長が生きているうちに整理しきれなかった「宿題」がありました。それが、会社の経営権の要である「自社株式」の移転です。会社の株式は、創業者である浅井さんが100%保有したままでした。「事業が落ち着いたタイミングで、追々株式も譲り受ければいい」。そう井上さんが考えていた矢先、浅井さんは突然病に倒れ、3年前に急逝してしまったのです。

会社のトップが亡くなれば、その株式は当然、浅井さんの「相続人」が引き継ぐことになります。浅井さんの葬儀の席で、井上さんは参列していた浅井さんの長男に「会社の株式を譲り受けたい」という話を恐る恐る切り出しました。すると、長男の口から返ってきたのは、予想だにしない拒絶の言葉でした。

「井上さん、申し訳ないけれど、私たちは親父の遺産を一切引き継ぐつもりはないんだ。実は親父、個人的に会社から多額の借金をしていたらしいじゃないか。そんな大金の負債、僕たち兄弟には背負えない。僕も、二男も、三男も、全員で家庭裁判所に『相続放棄』の手続きをする予定だから、株式のことはもう関わらないでくれ」

「相続放棄」をされると、その人は法律上、最初から相続人ではなかったものとみなされます。つまり、長男たち3人の子どもは全員、会社の株主になる権利も義務も、完全に手放してしまったのです。

事業の忙しさにかまけて株式の問題を後回しにしていた井上さんでしたが、ついにそのツケが回ってきました。さらなる事業拡大のために金融機関へ融資の申し込みを行ったところ、融資担当者から冷徹な書類を突きつけられたのです。

「井上社長、現在の御社の株主名簿を見ると、3年前に亡くなった浅井前社長の名義のままになっていますね。これでは株主総会を正当に開くこともできず、役員の変更や社名の変更、本店の移転といった重要な経営判断が法的に一切できません。株主が誰なのか確定しない限り、これ以上の融資を実行することは不可能です」 融資が止まれば、会社は一気に倒産の危機へと追い込まれます。会社の手続きを進めるためには、浅井さんの現在の相続人を特定し、その人と交渉して株式を譲り受けなければなりません。しかし、子ども全員が放棄した今、一体誰が株主なのか。絶望に暮れる井上さんから依頼を受け、私は利害関係人という立場から、浅井さんの戸籍を徹底的に遡る調査を開始しました。

中編に続く

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