遺産相続物語

STORY

[想定外の相続人]

第17回 国境を越えた遺産分割――戸籍に刻まれた見知らぬフィリピン人相続人との出会い(後編)

  • 投稿:2026年06月13日
第17回 国境を越えた遺産分割――戸籍に刻まれた見知らぬフィリピン人相続人との出会い(後編)

中編からの続き

第四章:一瞬で届いた「真心の送金」

書類がすべて揃い、私は都内の銀行で、お母様の口座から無事に700万円の解約手続きを完了させました。

今回の相続の最大の特徴は、前田さんを含めた国内の相続人、そしてフィリピンの二人まで、「全員が一切の揉め事なく、一円の狂いもなく法定相続分通りに分配する」という方針を徹底したことでした。

前田さんは3分の1、他の甥や姪たちもそれぞれの法定の割合で精算を行い、最後に残ったマリアさんとカルロスさんの法定相続分(それぞれ約50万円相当)をフィピリンへ送金する段階を迎えました。

しかし、現地の二人は銀行の「預金口座」を持っておらず、「現金(キャッシュ)での一括受け取り」を希望していました。一般のメガバンクからの海外送金では口座が必要な上、着金までに何日もかかってしまいます。

「せっかく築けた信頼関係だ。一番安全で、早く確実にお金を届けてあげたい」

そう考えた私は、口座がなくても現地の取扱窓口で即座に現金を受け取れる、セブン銀行の「海外送金サービス」を利用することにしました。送金手数料も格安で、実務費用を抑えたい前田さんにとっても最適な選択でした。

準備を整え、オフィスのパソコンから送金ボタンをクリックします。 「マリア、カルロス。今、日本から送金手続きを完了しました。この送金番号を持って、近くの取扱窓口に行ってください」

そうメールを送った、わずか数分後のことでした。マリアさんから、興奮した様子のメールが届いたのです。

「先生!今、近くのモールの中にある窓口でお金を受け取りました!本当に一瞬で日本からの送金が届きました。前田叔父さんに、心からありがとうとお伝えください」

メールには、受け取った現地通貨(フィリピン・ペソ)を手に、満面の笑みを浮かべるマリアさんとカルロスさんの写真が添付されていました。国境を越え、何万キロも離れたマニラの空の下と、私のオフィスが、テクノロジーと誠意によって一瞬で繋がった瞬間でした。

第五章:国境を越えた「家族」の再生

すべての手続きが完了した後、前田さんが再び事務所にお見えになりました。

「藤川先生、本当にありがとうございました。戸籍を見たときは、どうなることかと頭が真っ白になりましたし、住所が分からなかった場合の念書の話を聞いたときは覚悟もいりました。でも、先生がフィリピン領事館から連絡先を引き出してくれて、全員が法律どおりにキッチリ納得して終われました」

前田さんはそう言って、マリアさんたちから届いた写真を愛おしそうに見つめました。

「実はね、先生。来年、私の孫の結婚式があるんですが、マリアとカルロスを日本に招待しようかって、みんなで話しているんです。和雄が亡くなってから、あの子たちとの縁は完全に切れたと思っていました。でも、母の相続がきっかけで、こうしてまた、新しい親族の交流が始まった気がするんです。母が、天国から私たちを引き合わせてくれたのかもしれませんね」

前田さんの目には、温かい涙が浮かんでいました。

法律の手続きは、国境を越えると途端に難解になり、住所すらわからないとなれば専門家でも二の足を踏むことがあります。しかし、最悪のシナリオへの備え(念書の準備)をしつつ、正面からの可能性(領事館照会)を信じてトライする。そして何より、全員が「法定相続分どおりに」という誠実なルールを守ることで、どんなに高い国境の壁も越えることができる。 世界中に散らばる家族の絆をもう一度結び直す。それもまた、私たち専門家の大切な使命の一つなのだと深く胸に刻まれた、忘れられない「国境を越えた家族の物語」です。

終わり

第17回 国境を越えた遺産分割――戸籍に刻まれた見知らぬフィリピン人相続人との出会い(後編)

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