司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
STORY
[想定外の相続人]
第三章:言葉の壁を越えた、法定相続のメッセージ
連絡先が判明したことで、私たちは「念書による銀行交渉」ではなく、正当な相続人全員による「遺産分割協議」という、最も確実で王道のルートへ進むことになりました。
しかし、ここで立ちはだかったのが「言語と言葉のニュアンス」の壁です。マリアさんたちは日本語が話せないため、日本の複雑な相続の仕組みや、なぜ突然日本の司法書士から連絡がいったのかを、相手に恐怖心や誤解を与えずに伝える必要がありました。
ここで私は、文章の翻訳や法律表現のチェックのために、補助的にAIツールを活用しました。AIのアシストを受けながら、礼儀正しく、かつ法的に正確な英文の案内文を作成し、まずは彼女たちのメールアドレスへと送信したのです。
メッセージの内容は、非常にシンプルなものでした。「あなた方には、日本の法律に基づき、亡くなったおばあちゃんの遺産を相続する正当な権利(12分の1ずつ)があります。今回は、国内の相続人も含めて、全員が法律で定められた割合(法定相続分)どおりにきっちりと遺産を分配します。権利を放棄してもらうためではなく、あなた方の正当な取り分をお渡しするために、手続きに協力してほしいのです」
この誠実なアプローチにより、まずはメールで何度かメッセージのやり取りを行いました。見ず知らずの日本の司法書士からの連絡ですから、最初は警戒されて当然です。丁寧なラリーを重ねることで、少しずつこちらの意図を理解してもらい、信頼関係の土台を築いていきました。
メールでのやり取りで大まかな事情が伝わった後、私は「やはり一生に一度の大切な相続の話ですから、お互いに顔を見て、より詳しい説明をさせてほしい」と、オンラインでのリモート面談を提案しました。二人は快く応じてくれました。
とはいえ、専門的な法律の話を英語だけで完璧に伝えるのには限界があります。そこで私は、かねてより知人であった、日本在住で日本語が堪能なフィリピン人の友人に出演を依頼し、通訳として同席してもらうことにしたのです。
画面越しに繋がったマリアさんとカルロスさんは、最初は緊張した面持ちでした。しかし、私の隣に座る通訳の友人が、温かいタガログ語で「初めまして。今日は藤川先生の通訳をしますね。緊張しなくて大丈夫ですよ」と語りかけると、お二人の表情が一気に和らぎ、笑顔がこぼれました。
やはり、母国語であるタガログ語でのコミュニケーションは、彼らの心の壁をまたたく間に取り払ってくれたようでした。
通訳の友人を介し、タガログ語で日本の相続手続きの仕組みや、前田さんたちが現在どのような状況にあるのか、細かいニュアンスまで正確に、そして温かみを持って詳しく説明していきました。このリモートでの『顔の見える対話』が、画面の向こうの二人の心を大きく動かしたのです。
「私たちの父・和雄からは、日本の家族の話はほとんど聞いていませんでした。でも、法律通りの権利をわざわざ調べて、わざわざフィリピンまで連絡をくれた藤川先生と前田叔父さんの誠実さに感動しました。喜んで書類にサインします」
マリアさんは優しいタガログ語でそう言ってくれました。
海外在住の外国籍の方には、日本の「印鑑証明書」の文化がありません。代わりに、現地の公証人の前で書類にサインをし、そのサインが本人のものであるという「サイン証明書」を現地の領事館等で取得してもらう必要があります。通訳を介した心の通う対面があったからこそ、二人は慣れない現地の手続きにすぐさま奔走してくれ、数週間後、オフィスに届いた封筒の中には、フィリピン政府公認の「サイン証明書」が美しく同封されていたのです。
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