司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
STORY
[疎遠な相続人]
第二章:1億3千万円の遺産と、「債権者」という思わぬ突破口
小林社長が亡くなった後、事務所を訪れた従業員の佐藤さんは、真っ黒に日焼けした顔を涙で濡らしながら、途方に暮れていました。小林社長の遺産を調査したところ、都内にある「自宅兼会社事務所」の土地建物が約3000万円、そして驚くべきことに、社長が会社のために倹約してコツコツと蓄えていた個人の預貯金が約1億円、さらに会社への貸付金が1500万円あり、総額は1億4500万円を超える遺産であることが判明したのです。
(幸いにも、会社の株式だけは、小林社長がガンを患った直後に佐藤さんら中心メンバーへ生前贈与を完了させていたため、会社の経営権が会社に関係のない相続人に相続される危機だけは免れていました)
「佐藤さん、非常に悔しいですが、法律上、未完成の遺言書には効力がありません。このままだと、1億円を超える社長の遺産はすべて、お会いしたこともない戸籍上の法定相続人が引き継ぐことになります」
私がそう告げると、佐藤さんは肩を落としました。「やっぱり、僕たちにはどうすることもできないんですね……。でも、せめて社長の最期の医療費として、僕たちが会社のお金から立て替えた約50万円と社葬として支払った葬儀代約150万円だけでも、相続人の人に請求することはできないでしょうか。誰が相続人かも分からないのに、このままでは会社も倒産してしまいます」
「……佐藤さん、諦めるのはまだ早いですよ。確かに、私は『遺言のプロ』としては今回の任務を全うできなかった。でも、あなた方が社長のために50万円の医療費を立て替えたという事実は、法的に極めて重要な意味を持ちます。また社葬として支払った葬儀代は相続人の同意があれば返金してもらうことも可能です」
本来社長が払うべき医療費は社長の債務です。その債務を立替払いした会社には、債権者として相続人に請求する権利があります。その債権を行使するためには、まず誰が相続人なのかを確定しなければなりません。私は司法書士として、そのための戸籍調査に着手することにしました。
会社(佐藤さん)から正式な依頼を受け、私は司法書士としての執念を胸に、戸籍の追跡を開始しました。小林社長が小学校4年生の時に生き別れた実の母親、そして音信不通の実の妹の足跡を、戸籍という名の歴史の糸をたどりながら、1枚ずつ慎重に解き明かしていったのです。
そして数週間後、役所から届いた大量の戸籍謄本をデスクに広げた私は、そこに記されていた「あまりにも奇妙で、あまりにも残酷な時間差の悲劇」を目の当たりにすることとなったのです。
第三章:戸籍が明かした二つの死と、現れた「異父妹」
会社が立て替えた医療費の「債権者」という立場から、私は小林社長の戸籍を徹底的に追跡しました。そこで浮かび上がったのは、あまりにも過酷な現実でした。
小林社長には結婚歴ななく、子供もいなかったので、まず、小学校4年生の時に生き別れとなって以来、完全に音信不通だった実の母親の行方を追いました。驚くべきことに、お母様は東京の片隅でひっそりと存命だったのです。 日本の法律では、子どもに配偶者や子どもがいない場合、すべての権利は第二順位である親(実母)へと移ります。つまり、小林社長が亡くなったその瞬間、1億数千万円の遺産はすべて、実のお母様が「単独相続」する権利を得ていたのです。
しかし、事態はそれだけでは終わりませんでした。戸籍をさらに読み進めると、私のペンを持つ手が止まりました。なんと、そのお母様もまた、小林社長の後を追うようにして、わずか3ヶ月後にこの世を去っていたのです。
「名義人が亡くなり、そのわずか3ヶ月後に唯一の相続人である母親も亡くなった……。となれば、今度はその母親の権利を承継する者が相続人(権利義務承継人)だ」
私は再び、亡くなったお母様の生涯の戸籍を取り寄せました。そこで判明した権利義務の承継者は、2人の女性でした。 1人目は、やはり小林社長と幼少期に生き別れになって以来、音信不通だった5歳年下の実の妹、恵子さん(63歳)。 そして2人目は、お母様が離婚後に再婚した男性との間に授かった、小林社長とは「父親の違う妹(異父妹)」である由美さん(58歳・神奈川県在住)でした。
「実の妹の恵子さんと、異父妹の由美さん。このお二人が、お母様の権利を丸ごと引き継いだ『現在の相続人』だ。社長の遺した1億円以上の預貯金と、会社の本社事務所になっている不動産は、法律上すべてこの二人のものになる……」
私はすぐに戸籍の附票からお二人の現在の住所を特定し、手紙をお送りしました。 長年音信不通だったお兄様の訃報と、お二人が相続人になっているという突然の知らせです。驚かれ、戸惑われるのも無理はありません。そのため、手紙には遺産の具体的な内容や小林社長の詳しい状況までは記載せず、「まずは直接お会いして詳しくお話しさせていただきたい」旨を丁寧にお伝えしました。
また、こちらからはお電話番号が把握できなかったため、「差し支えなければ、一度お電話をいただけますでしょうか」と書き添えておきました。すると数日後、手紙を受け取った実の妹の恵子さんから、事務所に電話が入ったのです。突然の知らせに困惑しつつも、兄の最期の様子や手続きについて直接話を聞きたいとのことでした。そこで、もう一人の異父妹である由美さんにもお声をかけていただき、後日、都内で直接お会いしてご説明する機会をセッティングすることができたのです。
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