遺産相続物語

STORY

[疎遠な相続人]

第23回 国境と世代を超えた8名の相続人――見知らぬ家族をつないだ8か月(後編)

  • 投稿:2026年08月22日
第23回 国境と世代を超えた8名の相続人――見知らぬ家族をつないだ8か月(後編)

前編からの続き

第三章:対面での説明と、有償による相続分譲渡

お手紙をお送りしてからほどなくして、前妻の次男である直樹さん、長男の最初の妻との子ども、そして2回目・3回目の婚姻相手であったフィリピン国籍の母親お二人から、それぞれ事務所へ連絡が入りました。幸いなことに、連絡をいただいた方々は全員首都圏にお住まいでした。私は一人ひとり、あるいはご家族ごとに直接お会いする機会をセッティングし、事務所や指定された場所でお話をさせていただきました。

面談の席で、私はお父様が遺された財産と債務を記載した財産目録を開示し、客観的な事実を率直にお伝えしました。

「アパートについては、固定資産税評価額である4,500万円を評価額とすることを前提にしています。一方で、残りのローンが3,500万円あり、個人からの借入金も800万円残っています。預金は200万円程度です。これらの債務を控除した残額を分配対象財産として、それぞれの法定相続分に応じた金額を算定しています」

その上で、健太さんのお母様が現在もアパートに住んでいること、健太さん自身がアパートの経営を引き継ぐ意向であることを説明しました。

そして、他の相続人の方々には、算定した法定相続分相当額を譲渡対価としてお支払いする代わりに、健太さんへ相続分を譲渡する「相続分譲渡書」へのご協力をお願いしました。

皆さん、突然の知らせに戸惑いはあったものの、財産と債務をすべて記載した財産目録、不動産の評価方法、そして譲渡対価の算定根拠について説明すると、冷静に事情を理解してくださいました。

「そういう事情であれば、健太さんが引き継ぐのがよさそうですね」

二男の直樹さんをはじめ、大半の方々がその場や後日の返送でスムースに署名・押印に応じてくださったのです。

また、代襲相続人のうち3名は未成年者でした。いずれも日本国籍を有しており、それぞれの母親が親権者でした。母親自身は相続人ではないため、相続分譲渡について未成年者との利益相反関係は生じません。そこで、親子関係や親権関係を確認した上で、親権者であるフィリピン国籍のお母様方に法定代理人として手続きを行っていただきました。お母様方はいずれも日本に在留し、印鑑登録もされていたため、必要な書類を整えて手続きを進めることができました。

第四章:連絡の途絶えた最後の一人と、8か月目の結実

ほとんどの手続きが順調に進む中で、一つだけ大きな壁が残されていました。

2回目の婚姻時の長女である香さん(22歳)だけが、成人しているにもかかわらず、手紙を送っても返送がなく、お電話やメッセージを試みても全く反応が得られない状態が続いていたのです。

「藤川先生、香さんからの連絡が途絶えてしまいましたね……。やはり全員の協力を得るのは難しいでしょうか」

健太さんは不安そうに尋ねられました。

「諦める必要はありませんよ、健太さん。彼女にも仕事や生活の都合がありますし、見知らぬ専門家からの連絡に慎重になっているだけかもしれません。感情的にならず、定期的に手紙で進捗をお知らせしながら、返信を待ちましょう」

私は焦らせることなく、他の相続人の方々のご協力が順調に集まっていること、そして香さんの意向を尊重したいというメッセージを、定期的にお手紙としてお送りし続けました。

連絡が取れなくなってから約4か月が経過したある日、ついに香さんご本人から事務所へお電話が入ったのです。

「ずっとお返事ができなくてすみませんでした。仕事が忙しかったのと、どうしていいか分からなくて置いてしまっていました……。お手紙を読んで、事情はよく分かりました。私もご協力させていただきます」

電話口の声は非常に落ち着いており、数日後、返送されてきた書類には香さんの署名と実印が押されていました。

手紙を出してから約8か月。最後の一人であった香さんからの書類が揃ったことで、ついに相続人8名全員の意向が一つにまとまりました

第五章:引き継がれた住まいと、実務家の役割

揃った「相続分譲渡書」をもとに、アパートの所有権移転登記を進めるとともに、債務についても金融機関等との必要な調整を行い、健太さんがアパート経営を引き継ぐための手続きを進めました。

すべての手続きが完了した日、私の事務所で健太さんは深い安堵の表情を浮かべられました。

「藤川先生、本当にありがとうございました。相続人が8人もいて、未成年の方や海外にルーツを持つ方まで含まれていた時は、どう進めていいのか途方に暮れていました。先生が一人ひとりと直接会って丁寧に事情を説明してくださり、連絡が途切れた時も粘り強く対応してくださったおかげで、母の住まいを守ることができました。自分たちだけでは解決できなかったと思います」

健太さんからの感謝の言葉に、私も静かな達成感を覚えていました。

結び:複雑な糸を解きほぐす「客観性と誠意」

今回のケースは、代襲相続、複数回の離婚と再婚、国際的な要素、未成年者、そして厳しい資産状況という、多くの課題が一度に重なった非常に複雑な案件でした。

一見すると「関係者が多くて揉めそう」「連絡が取れないから手続きが進まない」と思われがちです。

しかし、戸籍調査等によって事実関係を洗い出し、財産と債務をすべて開示した上で、不動産の評価方法や譲渡対価の算定根拠まで丁寧に説明する。

そして、一人ひとりの事情や意向を尊重しながら対話を重ねていくことで、疎遠な関係にある相続人同士であっても、合理的な着地点を見出せる場合があります。

法律の規定を当てはめるだけでなく、当事者の生活や感情に寄り添いながら、複雑に絡み合った糸を根気強く解きほぐしていくこと。 お父様が残されたアパートで、今日も穏やかに暮らす健太さんのお母様の姿を思い浮かべながら、実務家としての役割を再確認した思い出深い事例です。

終わり

第23回 国境と世代を超えた8名の相続人――見知らぬ家族をつないだ8か月(後編)

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