司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
STORY
[疎遠な相続人]
第一章:冬の日に去った夫と、顔も知らぬ相続人
「藤川先生、長年連れ添った夫が亡くなりました。葬儀を終えて少し落ち着いたので手続きを進めたいのですが……実は、夫には前の奥様との間にお子さんが一人いるんです」
寒さの残る冬の日、私の事務所を訪れたのは東京都武蔵野市にお住まいの鈴木照子さん(78歳)でした。
照子さんのご主人である和夫さん(享年88歳)は、離婚歴があり、前妻との間にお子さんが一人いらっしゃいました。和夫さんが照子さんと再婚されてからは2人の子ども(長男の信吾さん、長女の由紀さん)に恵まれ、穏やかな家庭を築いてこられました。
今回の相続人は、配偶者である照子さん(法定相続分2分の1)、長男の信吾さん(6分の1)、長女の由紀さん(6分の1)、そして前妻との間のお子さん(6分の1)の合計4名となります。
照子さんたちが遺産の手続きを進める上で、大きな壁となっていたのが「面識のなさ」でした。
「前妻の方にお子さんがいることは以前から聞いていましたが、今まで一度も会ったことがなく、どこに住んでいるのかもわかりません。自分たちだけで手紙を出したり連絡を取ったりするのは、どうしていいか分からなくて……」
ご主人・和夫さんが遺された財産は、武蔵野市内の自宅(固定資産税評価額で約2,000万円)、預貯金が約2,500万円、そして照子さんが受取人に指定されている生命保険金1,500万円でした。
また、長男の信吾さんは長野県に住んでおり、生前に和夫さんから生活費の援助として約600万円を受け取っていた経緯がありました。
さらに、照子さんは和夫さんの葬儀費用として約200万円を自身の口座から支払っていたため、これらも考慮して円満に話し合いをまとめたいというご希望でした。
「分かりました、照子さん。まずは戸籍の追跡を行い、前妻のお子様のご住所を特定することから始めましょう」
私はそうお伝えすると同時に、実務上の注意点も事前に説明しました。
「相手方と連絡がついた際、もし弁護士を代理人に立てられた場合、司法書士である私が皆さんの代理人として相手方弁護士と遺産分割の条件を交渉することはできません。その場合には、私が関与できる範囲を整理し、必要に応じて皆さんにも弁護士への相談をご検討いただくことになります」
「ええ、わかりました。できるところまで先生にお願いしたいと思います」
私は戸籍の附票から前妻のお子様の住所を特定し、丁寧なご案内のお手紙をお送りすることから業務を開始しました。
第二章:届いた「受任通知」と、司法書士にできること
手紙を出してからほどなくして、私の事務所へ一通の書面が届きました。
差出人は、前妻のお子様から依頼を受けた弁護士事務所でした。
通知文には、弁護士が前妻のお子様の代理人に就任したこと、そして「私は照子様、信吾様、由紀様の代理人ではないため、今後の協議や通知は相続人ご本人様へ直接行います」という趣旨が明確に記されていました。
この通知が届いたことで、手続きは新たな局面を迎えます。
弁護士法第72条との関係から、司法書士である私が依頼者に代わって相手方弁護士と遺産分割の条件を交渉したり、協議を取りまとめたりすることはできません。
私はすぐに照子さん、そして長野から来られた長男の信吾さん、長女の由紀さんの3人とお会いし、現状と今後の進め方について整理しました。
「弁護士から受任通知が届きましたので、ここから先の遺産分割の条件については、皆さん自身で相手方弁護士とやり取りをしていただくことになります。もちろん、こちら側も弁護士を立てたいということであれば、信頼できる弁護士をご紹介します」
信吾さんは少し思案された後、尋ねられました。
「藤川先生、こちら側も弁護士を頼んだほうが良いのでしょうか? 相手に弁護士がついたと聞くと、どうしても身構えてしまうのですが……」
相手方に弁護士がついたからといって、必ずしも争いになるとは限りません。
一方で、司法書士である私が、相手方の主張に対する交渉方針を決めたり、皆さんに代わって条件交渉をしたりすることはできません。
「こちら側も弁護士を立てるという選択肢があります。まずは先方から示される内容を確認し、ご自身で対応することが難しいと感じた場合や、法的な判断を専門家に委ねたい場合には、弁護士への相談を検討しましょう」
私は、照子さんたちが判断するための前提を整えることにしました。 和夫さんの全財産、生前の資金援助、葬儀費用など、これまでに判明している事実を整理し、それらを反映した「財産目録」を作成することに集中したのです。
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