司法書士
藤川健司
司法書士事務所 リーガル・アソシエイツの代表司法書士。三鷹市、武蔵野市、調布市、杉並区、中野区を中心に相続専門の司法書士事務所として、相続全般のサービスを提供。業務歴30年以上。弁護士事務所での実務経験、起業経験を活かして、これまでに2000件以上の相続案件を手掛ける。
STORY
[想定外の相続人]
第三章:弁護士との連携と、尽くされた調査
金融機関の相続手続専門部署に対して「所在不明である」と書面で主張し、連絡のつく相続人6名だけで口座解約を認めてもらうためには、単に「親戚が知らないと言っている」というレベルでは通用しません。第三者から見ても「客観的に可能な限りの調査を尽くしたが、やはり所在が掴めなかった」という証明が必要になります。
そこで私は、日頃から連携している弁護士に協力を依頼しました。
弁護士は職務権限を活用し、出入国管理に関する記録の照会や、関係機関を通じた確認など、勝さんの足跡を追うための専門的な調査を実施しました。
数ヶ月に及ぶ調査の結果、判明したのは「日本国内における近年の居住実体や記録は確認できず、現時点での存否(生存も死亡も)が確認できない」という客観的な事実でした。弁護士はこの調査過程と結果を、「調査報告書」として詳細にまとめてくれました。
これで、最初のハードルである「客観的な調査の証明」は整いました。
しかし、次の課題が立ちはだかります。金融機関の立場からすれば、勝さんを除いた6人だけに預金を払い戻した後で、万が一勝さん本人やその遺族が現れ、「自分の取り分を渡してほしい」と銀行に請求してくると、二重払いのリスクを負うことになります。銀行の本部が慎重になるのは当然のことでした。
第四章:机上の書類に込めた、リスクを受け止める工夫
金融機関における相続手続きは、店頭の窓口ではなく、本部に置かれた「相続手続専門部署」と書面を交わしながら厳格に進められます。対面や電話で事情を説明するだけでは足りず、求められるのは、郵送された提出書類の論理的整合性と、本部が負う二重払いのリスクを消し去る明確な「担保」だけでした。
審査の壁を突破するため、私は事務所のデスクで加藤さんと向き合い、提出する書類の組み立てについて説明を重ねました。
「加藤さん、弁護士の調査報告書で『手を尽くした事実』は証明できます。ですが、銀行が最も恐れているのは、後から勝様やそのご家族が現れたときのリスクです。そこを安心させる仕組みを、書面で作らなければなりません」
私が取り出したのは、作成した「念書」の文案でした。
「まず、加藤さんたち6名全員で『万が一、後日勝様やご遺族からお申し出があった場合は、私どもが全責任を持って対応し、銀行には一切の迷惑をかけない』という念書を作成し、実印を押して提出します。ですが、これだけではまだ不十分です。言葉だけでなく、お金の管理としても誠意を示さなければなりません」
私は続けて、もう一枚の「相続財産分配合意書」を広げました。そこには、金融機関の担当者を納得させるための最も重要な特約が刻まれていました。
「今回の2500万円を、6人でそのまま分けてしまってはダメです。シズさんの兄弟関係を法律通りに計算すると、半血兄弟である勝様の法定相続分は『7分の1(約350万円)』となります。合意書には、『この勝様の7分の1に相当するお金は、代表者である加藤さんが専用の別口座を開設し、責任を持って預かり・保管し続ける』と明記します」
加藤さんは合意書を見つめ、深く頷かれました。 「自分たちの分だけを受け取り、会ったこともない伯父の権利分は、もしもの時のために私が責任を持って鍵をかけておく、ということですね」
「その通りです。勝様の権利を侵害せず、銀行側のリスクにも十分配慮する。そのための仕組みです。勝様の権利にも、銀行側のリスクにも配慮した形です」
加藤さんら6名の署名と実印、弁護士の調査報告書、そして具体的な保全方法を盛り込んだ合意書。それらを一つの束にまとめ、私は静かに金融機関の専門部署へと郵送しました。
第五章:動き出した預金と、実務家としての役割
厳格な本部審査には一定の時間を要しましたが、提出した書面の合理性が認められ、1ヶ月半後、無事に解約手続きの承認書類が事務所に届きました。2つの金融機関の口座が解約され、約2500万円の預貯金が無事に払い戻されたのです。
加藤さんは作成した合意書にしたがい、勝さんの法定相続分である「7分の1(約350万円)」に相当する預金を自身の専用口座に大切に保管されました。そして、残りの資金を他の甥・姪たちと法的に適正な割合(各7分の1ずつ)で分配されました。
手続きがすべて完了した日、事務所で加藤さんは安堵した表情を見せられました。
「藤川先生、戸籍でアメリカ生まれの105歳の方の名前を見たときは、正直『もうこの預金は永遠に下ろせないかもしれない』と困惑していました。ですが、先生が書面を通じて現実的な解決策を提示し、銀行の本部とも安全な形で手続きを進めてくださったおかげで、無事に全員が納得する形で終えることができました。本当にありがとうございました」
加藤さんからの言葉を受けながら、私自身も深く胸を撫で下ろしていました。
結び:理想論を超えた「現実的な道しるべ」
今回のケースは、昭和初期の養子縁組と国境という要素が重なった、きわめて特殊な事例でした。
通常であれば、不在者財産管理人の選任など、家庭裁判所を介した手続きを検討する場面です。また、事実関係によっては失踪宣告の可能性を検討することも考えられます。しかし、それには相当な時間と予納金などの費用がかかり、70代を迎えている加藤さんたち相続人にとって、必ずしも最善の選択とは言えない場合もあります。
私たち司法書士や弁護士といった実務家に求められているのは、単に法律の規定を当てはめることだけではありません。
依頼者が置かれた状況や年齢に寄り添い、「いま、この人たちにとって最も望ましい解決とは何か」を常に考え抜き、安全かつ現実的な道しるべを提示することです。 同順位の相続人の中にいた、105歳のアメリカ生まれの男性。その足跡を丁寧に確認し、法と現実の間に適切な折り合いをつけることができた本件は、実務家としてのあり方を改めて教えてくれた大切な経験となりました。
終わり
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