遺産相続物語

STORY

[想定外の相続人]

第22回 105歳、アメリカ生まれの相続人――見えぬ足跡と、現実を動かした道しるべ(前編)

  • 投稿:2026年08月09日
第22回 105歳、アメリカ生まれの相続人――見えぬ足跡と、現実を動かした道しるべ(前編)

第一章:95歳で旅立った伯母と、揃ったはずの「家族」

「藤川先生、伯母は一生涯独身で子どももいませんでしたから、相続人は私たち甥や姪の6人だけだと思っていたんです。ところが、集めた戸籍を見たら……見覚えのない人の名前が載っていまして」

私の事務所を訪れたのは、東京都千代田区にお住まいの加藤和夫さん(75歳)でした。

加藤さんの伯母にあたる加藤シズさんが、95歳で静かにこの世を去られたのは、今から少し前のことです。シズさんは結婚歴がなく子どももいなかったため、両親や兄弟姉妹の戸籍を順に追っていくと、相続人はすでに亡くなっているシズさんの全血の姉3人の子どもたち、つまり加藤さんを含めた甥・姪の合計6名となるはずでした。

残された財産は、2つの金融機関に預けられた約2500万円の預貯金のみ。不動産はなく、一見すると親族間の関係も良好で、手続きは穏やかに進むかのように思われました。

しかし、私が加藤さんからお預かりした原戸籍や除籍謄本を細かく読み解いていたとき、一枚の古い戸籍の記載に目が止まりました。

シズさんのお母様(加藤さんの祖母)の欄に、昭和の初期、ある一人の男性と「養子縁組」をした記録が残されていたのです。

そのお名前は、戸籍上「加藤勝」さんと記載されていました。お名前自体はごく普通の日本人の名前でしたが、その戸籍の備考欄には『米国ユタ州にて出生』という記載が残されていたのです。

「加藤さん、シズさんのお母様が、昔、アメリカ生まれの勝さんという方を養子に迎えられています。勝さんはシズさんにとってお母様のみを同じくする『半血の養兄弟』にあたります。法律上、父と母の双方を同じくする全血の兄弟姉妹(亡くなられたお姉様方3名)の半分となる『2分の1』の相続権を持ちます。亡くなられたお姉様3名の枠をそのお子様方(甥姪6名)で分けると、加藤さんたち甥・姪6名(各7分の1)と、勝さん(7分の1)の『合計7名』が、現在の法定相続人ということになります」

私の説明に、加藤さんは驚いた表情を浮かべました。 「ユタ州……ですか? 親戚の誰に聞いても、そんな方の話は一度も出たことがありません。いつ日本に来たのか、どこに住んでいるのか、そもそも今も生きているのかさえ、誰も何も知らないんです」

第二章:105歳という年齢の壁と、深まる霧

戸籍に記載された生年月日から計算すると、勝さんはシズさんが亡くなった時点で「105歳」になられている計算でした。

日本の法律において、預貯金の解約などの相続手続きを進めるためには、戸籍上に記載されている相続人全員の所在を確認して意思疎通を図るか、あるいは死亡している事実を公的な書類で証明しなければなりません。

しかし、勝さんの場合、日本の戸籍に養子縁組の記録こそ残っているものの、その後の住民票の移動や日本国内での居住地、死亡届の有無についての記載は一切見当たりませんでした。

「連絡のつく相続人6名のお考えは揃っています。ですが、勝さんの消息が一切つかめない以上、通常のやり方では銀行は口座の解約に応じてくれません」

私が実務上の壁を説明すると、加藤さんは困惑した様子で言いました。

「75歳になる私自身も、もう若くはありません。他の甥や姪たちも高齢です。顔も見たことがない方の捜索に何年もかかって、手続きがずっと途絶えてしまうのは、みんなにとっても大きな負担なんです。先生、何か現実に即した解決方法はないでしょうか」

長年放置された戸籍の記載が、時を超えて現代の相続手続きに影を落とす――。

実務家として、私は二つの視点を天秤にかけました。一つは、法的な厳格さに基づいてどこまでも調査を尽くすこと。急がば回れで裁判所の手続き(不在者財産管理人など)を使う手もありますが、時間も費用もかかります。生命線である依頼者たちの年齢や負担を考慮し、安全かつ現実的な形で金融機関に解約に応じてもらう「着地点」を見つけ出すことが、もう一つの道でした。

「分かりました、加藤さん。所在が分からないからと諦める必要はありません。私たちは実務家です。金融機関と丁寧に向き合いながら、当事者にとって最も望ましい解決への道筋を探してみましょう」 私はそうお伝えし、まずは専門家としての調査と、金融機関の相続専門部署との書面による調整という作業に着手することにしました。

後編に続く

第22回 105歳、アメリカ生まれの相続人――見えぬ足跡と、現実を動かした道しるべ(前編)

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